1:東京向島の秋葉神社境内で千坪の規模の有馬温泉を経営していた
『新撰 東京名所図會 第十四編』 に記述
臨時増刊 風俗畫報 第167號
墨田堤 下
明治卅一年六月廾六日 東京東陽堂発行
書誌画像ご提供=熊田司氏(和歌山県立近代美術館)
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●有馬温泉
有馬温泉は請地町に在り、明治十七年十一月、向島秋葉神社の
境内千有余坪の地を開き、摂州有馬の湯花を遷し、温泉宿を營み
手軽お料理も為す、中の坊梶木源次郎同店なりといふ。
抑(そもそも)摂州有馬温泉は、往古人皇三十五代の帝(みかど)、舒明天皇三年秋九月
初めて行幸あらせられ、また三十七代の帝、孝徳天皇大大化三年
冬行幸ましましにし後(のち)、天正十七年豊太閤御入洛ありしより、
爾来ますます繁盛し、實に全國に冠たる温泉なること普く人の知る所なり。
効能
一,諸の出瘡(でくさ) 一,志つ毒一切 一,ひへ志やう
一,子宮病 一,ちのみち 一,中風症
一,はれ病 一,神経病 一,うちみくじき
一,こしの痛み 一,気のふさくしやう 一,肺病
一,りうゐん 一,胃病並に胃よりおこる諸症
一,血のすけなき症 一,りんびやう 一,痔疾
一,かんがさ
創業の際
守田寳丹※大に尽力する所ありといふ。
※上野池之端仲町の薬舗「守田寶丹」の経営者、守田治兵衛の事。
客間 茅葺二階建一棟何の風情も無けれど、遠く墨堤の桜を望み、小田の蛙に耳を澄まし、秋は
稲葉の風に戦ぐも、態変りてをかし。裁籠繁茂く枝を交わし、瓦葺の三階造は小丘を抱きて立てる
をもて背面より登れば直ちに二階に達すべく、正面より登れは初階より通るを得へし、其さま恰も
浅草奥山鳳凰閣の如く、南に二階家の離れて建てられたるは旅館なり、梅林鬱として藤樹蔭を
成し、松籟微かに眠を催して、三伏涼を納るゝに適す。泉水 池あり水青く、中島に茶室あり。
渚さに捨て小舟、それすら風雅なるに、蓮の浮葉に鯉の跳ねて、客あり、釣竿を望む時は 随意に
貸与して、釣る所の魚を調理す、鮮鱗溌溂膳に上るも快、
混堂 池畔に在り、湯漕は好心地(ここち)よく洗われて、男室女室に區割たる。
料理 普通一式の料理、花中又弁当を調達す。
美人なし 別嬪は他よりお連れ下されとは情けなくも、前歯のほっくり缺損た(かけた)婆様が愛嬌。
梅干 梅林數十株、毎歳梅干と為す、有馬産の梅干は名代なり。
焼物及有馬籠の類、有馬の名産焼物及竹細工類を鬻く(ひさく)※、 ※商いをする、売る
其他有馬筆もあるべし。
電話 浪花千四百六十三番及同千百十二番
石碑 入口老椎(しい)の根際に一基の碑文あり、以前秋葉の境内なりしが、
其頃より建てられたるものなりとおへり。
四運之詠 紫臺樓律松
糸遊のいとゝたうとく筑波山
樗(おうち)まて雲のかゝりし山路かな
飛や飛やと蔭おく木々や池の上
名を聞いて見れはやっぱり帰り花
碑蔭
辞世
花を見し居所替ん月の秋
天保三壬辰大祥忌建之憲齋書 ※憲斎=江戸後期の書家「中川憲斎」
春は垣根の残雪未だ全く消えやらぬ間に、南枝蕾を破って暗香浮動、梅見にと筇を曳く雅客、
つつ”いて向島櫻狩の崩れ客、庭の藤の花池の面にゆかりの色を暎せば、五月ともなりて
實梅の影夏座敷に落ちて、水無月文月三伏ともなれば、夏を余所なる納涼がてらの客、美姫を
携へ酒肴満盞、緑蔭華胥に遊ぶもよからむ。
2:東 雅夫著『江戸東京 怪談文学散歩』 より
(角川学芸出版発行/平成20年8月=角川選書428)
●明治41年7月11日夜
向島の有馬温泉で「化物会」開催
☆参会者=泉鏡花・長谷川時雨・柳川春葉・神林周道・水野葉舟・小山内董・岡田八千代・鏑木清方・鮪崎英朋・沼田一夫・北村四海・岡崎雪声・岩村透・鈴木鼓村・六せ尾上梅幸・初代市川団子 ら22名
●明治42年10月
柏舎楼版『怪談会』が出版され、「化物会」は怪談史上に名を留める
↓
明治末期の怪談ブームの熱気をなまなましく今に伝える
著名人の直話を蒐めた百物語形式による怪談ドキュメンタリーの嚆矢となる
●東 雅夫編 『文豪怪談傑作選 特別編 鏡花百物語集』
著者泉鏡花ほか/東 雅夫編/筑摩書房/2009,7,10)
目次4番目・・・・向島の怪談祭 に記述,あり
●東 雅夫編 『文豪怪談傑作選 特別編 百物語怪談会』
著者泉鏡花ほか/東 雅夫編/筑摩書房/2009,7,10)
『怪談会』(柏舎楼/明治41年10月刊)が復刻版として出版されています
■閉鎖時期不明
☆その後 近くの銭湯が「有馬温泉」の名を留める ⇒銭湯廃業 ⇒跡地に「向島有馬温泉縁起」のプレート設置
☆銭湯「有馬温泉」はこの10数年ほどの間に廃業し、マンションとして建て替えられたが、マンションの入口横に銅版らしいプレートが設置され「有馬温泉縁起」と題する説明文が刻まれ、風俗画報に掲載された山本容谷の「向島有馬温泉」の絵も刻まれているそうです。
★以上、『江戸東京 怪談文学散歩』の、「第三章 泉鏡花ほか『怪談会』と向島有馬温泉(墨田区)」より、51頁~68頁のところを部分的に引用させて頂きました。
★東 雅夫著『江戸東京 怪談文学散歩』の第65頁下方に『新撰 東京名所図会』に描かれた、山本松谷画<向島有馬温泉>の細密な図が挿入されています。