平成10年10月~現在まで、森家での調査などをご紹介します
■ | 「陳 捷 ちん しょう」 女史よりご連絡を頂く。陳氏は、明治前期における 日中学術の交流をテーマに、同時期における清国や日本の文人・要人と の筆談や書簡などから、精力的に研究に取り組まれ、その成果を、著書や学術論文として発表されている。森琴石が洋画法を学んだ「高橋由一 たかはし ゆいち 注1 」は、慶応3年、幕府の貿易視察使節団のメンバーとして上海に渡っている 注2。森琴石と清国とは、画譜を含む響泉堂刻の書籍類などでも関与があったようだ。森琴石は、銅版による牡丹などの花鳥画や中国風景 図を、海外向けに盛んに製作していたと伝えられている。
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■ | 佐賀大学附属図書館「貴重書コレクション」の中、市場直次郎氏蒐集による「扇面 ギャラリー」には、琴石門弟「鎌田梅石 かまた ばいせき 注1」の扇 面「鶴図」が所蔵されている。また「紫水」作 「題 琴石 注2」という「琴石に 呈上する、琴の形をした石を詠む」という意味の漢詩が書かれた扇 面 が所蔵されている。作詩者「紫水」は未特定である。
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■ | 先月、先々月でもご紹介した「藤本鉄石先生薦場余録」に記述の 「藤本鉄石十七回忌追悼茶会」には、多数の「藤本鉄石」の遺墨の ほか、同士であった「中山忠光」・「吉村寅太郎」・「松本奎堂」・「伴 林光平」などの遺墨や遺書が展覧された。追悼茶筵への出席者に は、森琴石と親交した人物が多い。「西毅一」など岡山からの出席 者は、明治期の教育や文化、経済に貢献したようだ。
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