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注1 |
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「阿波国地誌略」
明治12年11月刊=高知県徳島※師範学校 前川謙編輯・高知県徳島師範学校※出版・末尾の「阿波国之圖」「阿波国市街之図」は響泉堂刻
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※「高知県徳島師範学校」という名称は、下記の経緯による
明治4年(1871)廃藩置県により徳島藩を廃止して徳島県が設置された。
明治9年(1876・8・21)徳島は高知県に編入。
明治13年(1880・3・2)高知県から分離した。
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*因みに半年後の、明治13年6月刊「改正 校訂 阿波国地誌略」では徳島師範学校になっている。
「改正 校訂 阿波国地誌略」は、
「徳島師範学校長岡本斯文 徳島中学校一等助教諭前川謙編輯・版権所有 徳島県学務課出版」による。
末尾地図の「響泉堂刻」は削除されている。製本賣捌所は「世戸谷文吉 ※」とある
※世渡谷文吉=「平成17年1月■三番目」・リンク情報「阿波国全図」など
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注2 |
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前川 謙=関係人物紹介「前川 謙(前川澹斎)」をご覧ください。
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注3 |
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井上不鳴=春洋とも号する。明治の翻訳家「井上勤」、漢学者「堀春潭」の父。関係人物紹介「井上 不鳴」をご覧ください。
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注4 |
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岡本斯文=関係人物紹介「岡本斯文」をご覧ください。
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注5 |
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双鶴堂=堺の鈴木久三郎による書肆。堺と森琴石との関係は後月ご紹介予定。
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注6 |
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赤松 渡=「平成16年7月うす青色の中」・「平成16年11月■3番目」に記述があります。
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注7 |
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水越耕南(水越成章)=画家水越松南の父。「平成17年9月【1】・関連資料「翰墨因縁」」などに記述があります。
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注8・注9 |
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馬渡俊猷(まと しゅんゆう)・呉翰濤(ごかんとう)=関係人物紹介「馬渡 俊猷」をご覧ください。
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注10 |
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武富圯南=家族、係累の「武富圯南」をご覧ください。
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注11・13 |
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片桐楠斎
「学海画夢」(依田学海著・明治18年)での「近水闘詩」の文中には、「大阪府に任務、地理課長」と書かれている。
「雲来詩鈔 巻一」の「広陵遊詩」(石橋教著※・巻一は明治15年)では、石橋雲来と森琴石は、頼山陽の五十回忌に出席、片桐南斎・世良八び 二氏に一年ぶりに会った事、片桐楠斎については「片桐氏裁判官なり。官余雅事を楽しみ、詩文を善くす」との説明がされている。・・・・・関係人物紹介「片桐楠斎」もご覧ください。。
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世良八び(せら はちび)=「浪華の魁(なにわのさきがけ)」(垣貫一右衛門編輯・明治15年刊)には、【有名諸名家<南画家>】の項目で、『田能村直入・行徳玉
江・芳川笛邨・小石石麟・田能村小斎・中井廬香・濱名白塢・竹内雨香・橋本青江・森琴石・水原梅屋・尾崎雪濤・米津菱江・服部槐窓・井澤文波・長棠圃・石田移石」』らと共に、「江戸堀北通
四丁目、世良八び(さんずい+眉)」で、名を連ねている。詳細な伝歴は不明。
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※石橋教=石橋雲来のこと・「作品紹介、文人画<月ヶ瀬真景>」・「平成13年1月」・「平成15年7月■3番目、大村楊城」・「平成17年3月■2番目、■4番目」・「平成17年4月■2番目」・「平成17年6月■4番目」・関連資料 「尼の毛受さん」 などに記述があります。
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注12 |
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朱印然=日誌・書簡「清国人からの書簡-朱印然」・「平成16年10月■1番目」をご覧ください。
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森琴石が手がけた教科書類は、後月ご紹介の予定です。
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森琴石 画 (「題画彙寶 新選書家自在 坤」より
・モノクロコピー)
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「題画彙寶 新選書家自在 乾坤」(赤松渡編・森琴石&船井政太郎&大野木市兵衛出版・明治13年)ご提供=熊田司氏(大阪市立近代美術館建設準備室 研究主査) |