森琴石(もりきんせき)1843~1921

森琴石 資料紹介


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■詩賛1

妻鹿友樵が森金石に寄せた「詩書」(慶応3年3月)




●森琴石旧蔵品

●慶応3年3月、儒学の師匠「妻鹿友樵」が、森琴石に詩書を贈った。
  ・・・・・中国の著名製墨家「程君房」の墨を使って書いた詩書(墨のすり心地、書き心地を五言絶句で表現)

●森琴石の資料中、「金石」号が使われた事を確認できる最初の作品。
  それ以前は「蘆橋」を使用⇒「森琴石紹介」・「平成20年4月【1】」・「平成21年10月【1】




   
詩書
静村画琴石像








印   上=妻鹿雍印
 下=竹爐煎茗
 

翻刻

今日岑豊太古珉

一弾々尽百年塵

乾坤有此洋々潔

咽石瀉雲流幾春

読解

今日、岑は豊なり太古の珉

一弾、弾じ尽す百年の塵

乾坤、此の洋々たる潔有り

石に咽び、雲に瀉いで流るること幾春

注釈

(硯のたとえ)

(墨を磨ること)

(磨り終わった感想)

(墨の評価)

丁卯春三月試程氏墨以寄金石画伯友樵雍 印印



★解説・・・・・「程氏墨」と言う墨を入手して用いた時の感想。

★翻刻=大原俊二氏((米子市図書館協議会会長)
読解・注釈・解説=安藤文雄氏(鳥取県立図書館元館長)
印読み=成澤勝嗣氏(早稲田大学文学学術院 第二文学部 准教授)



◆備考
程氏墨とは
程氏=程君房、名は大約、字は幼博、安徽歙県岩寺鎮の人。明代の有名な製墨家で、 その墨は「硬くて光沢があり、黝ずんで潤いをもち、筆につけてねばらず、紙に書いてもにじまない」と当時の人々から称賛された。
程氏墨苑(全12巻)」は、自作の名墨の数々を木版磨りで出版したもの。

(平成22年5月14日)

「森琴石 断髪弾琴之図」 (画:明治4年/画賛:明治34年)


●関連事項=「平成12年8月」・「平成19年8月【1】■4番目
●明治4年、政府の「断髪令」を受け髪を切った森琴石が、断髪を記念して七絃琴を奏じた。
森琴石師匠「忍頂寺静村」がその有様を画にしたもの。
●この作品は「建部聴山」が所持していたが、後年森琴石の元に贈り返そうと、明治34年、画の由来を「石橋雲来」に託した。
●画賛翻刻=槇村洋介氏(飯田市美術博物館)

その後、「森琴石 断髪弾琴之図」の最後の所蔵者は、「永富撫松」(兵庫県揖保郡龍野の詩人)である事が判明した。⇒「平成22年1月【1】」をご覧ください。


静村画琴石像
雲来画賛
(画:忍頂寺静村)
 (画賛:石橋雲来)

石橋雲来 画賛


此曽忍頂寺静村翁所製而、為森琴石

畫史弾琴図。當時、官発斬髪之令、畫史

亦断髪、以弾琴所以有此図也。此図初成、

先示之建部聴山翁。頃撫松子蔵之(竹冠+鹿 註)底。

乃将贈畫史、令余記其由。蓋応畫史懇

請也。因書之。時辛丑六月中浣也

  友人  雲来僊史


訳文

此れ、曽(か)つて忍頂寺静村が製す所にして、

森琴石畫史の弾琴図為(た)り。

当時、官、斬髪之令を発し、画史また断髪し、

以て弾琴し此の図の有る所以(ゆえん)なり。

此の図、初て成るや、先ず之を建部聴山翁に示す。

頃、しばらく 松子を撫し、之を(竹冠+鹿 )底に蔵す。

乃(すなわち)、 将に畫史に贈らんとして、

余に其の由を記さ令(し)む。

蓋し畫史の懇請に応じる也。

因って之を書く。 時辛丑六月中浣也。

  友人  雲来僊史

 (竹冠+鹿)=ろく・箱の意

胡公寿が森琴石に寄せた書画 「石図」 (大横額・絖本水墨書画・明治13年)



●what’s new【胡公寿が森琴石に寄せた書画「石図」について】をご覧ください。
●胡公寿は森琴石を「詩・書・画 三絶」と称した。
●明治13年新秋、森琴石の交流者「胡公寿」が森琴石に贈った詩画。
●森琴石旧蔵品。華亭(現上海)で揮毫したものと思われる。


縦45.0cmx横151.0cm

頑然一巻石   偃臥荒江側     朱文印=横雲
両露本不知   霜雪亦不識
園林幾盛衰   臺樹屢更易
試問石先生   先生皆記得
板𣘺道人■以此詩題畫
庚申新秋栞石先生寫石書此補■
華亭胡公寿併記  白文印=公寿長寿



★詩文及び 印の翻刻=成澤勝嗣氏(現早稲田大学文学学術院 第二文学部 教授)

★胡公寿(1823~1886)=名は遠。号は小樵・横雲山民・痩鶴。江蘇省華亭(現上海市松江)出身。殊に画は明清文人画の筆意を会得した。上海の居を寄鶴軒と号する。清朝後期の文人画家で日本からも多くの画家が学びに行った。(コトバンクなど)

★板𣘺道人=胡公寿の師匠か? 庚申新秋=明治13年7月。華亭=現在の上海市松江。


◆この詩文は、調査情報「平成22年10月 【2】★備考」 で記述した内容に続くものです。

◆胡公寿の詩文は平成12年夏、森家実家より額が届いた折、成澤勝嗣先生(当時神戸市立博物館)にノートに書き写して頂いたものです。

◆横額は保存状態が悪かった為劣化が著しく比較的状態の良い詩文部分の画像をご紹介致します。

◆当HPでの胡公寿記述=HPトップ頁中央下方、googleカスタム検索で「胡公寿(胡公寿)」でご検索ください。

王 冶梅「詩書」(明治14年/於森琴石読画楼)



●関連事項=「平成17年3月 末尾
●明治14年、森琴石の「読画楼」で開催された「詩会」で、琴石門下「波多野花涯 」の旧詩を読み、感銘を受けた王冶梅が唱和したもの。波多野花涯=門人:大阪市東区(但し、波多野花涯は未記述です)
●資料ご提供者=小田切マリ氏(つくば市・波多野華涯孫)
●翻刻、和訳=陳 捷 ちん しょう氏(国文学研究資料館助教授)


王冶梅(おう やばい)の詩書

翻刻文

才高咏絮(草冠+惠)蘭心、絶妙無花無月吟。

且待春江花月夜、聽君一曲暗香琴。

光緒七年冬十一月、琴石先生招飲於讀畫樓

席上讀花涯女史無花無月舊作、

欽佩之至、援筆奉和芳韻。醉後率爾操觚、

不復計其工拙耳。金陵王冶梅初稿。


和訳文

才高し咏絮の(草冠+惠)蘭の心、絶妙なる無花無月の吟。

且く待つ春江花月の夜、聽く君の一曲、暗香の琴。

光緒七年冬十一月、琴石先生讀畫樓に招飲す。

席上にて花涯女史の無花無月の舊作を讀み、欽佩の至り、筆を援りて芳韻に奉和す。

醉後、率爾に操觚し、復た其の工拙を計らざるのみ。 金陵の王冶梅の初稿。


讀畫樓(読画楼 どくがろう)=森琴石の家

「森琴石 読画廬名讌 賞薔薇」(明治40年/作詩:木蘇岐山)



木蘇岐山著「五千巻堂集 巻七」 より


●関連事項=「平成19年5月【1】
木蘇岐山が、森琴石の「読画廬」を訪問した折のありさまを作詩したもの。
●翻刻及び読み下し文=陳 捷氏(文部省大学共同利用機関:国文学研究資料館‐資源系研究 助教授)
●原文の詩文につづく「七十有ニ行・・・」以下の「注釈」は省略しました。詳細は「平成19年5月【1】注3」をご覧下さい。


‐森琴石 讀畫廬茗讌 賞薔薇‐

森琴石 讀畫廬茗讌 賞薔薇



現代文

高垣の読画廬の戸の前にバラが植えてある。

機織りで七十二行の鳳凰の羽根を織ったかのようだ。

夏に入ってからはぐったりしているが、昼にはとても美しい。

醉ったような紅は、支えられているかのようであり、麝香と香りを争うほどである。

紫の燕が不揃いに飛び、蝶が去りがたい様子で舞っている。

花々に向かって茶席を開き、紅い炉から青い煙が上がっている。

手で都統籠を開き、二十四の作法はすべて順序に叶っている

一甌を二杯で飲む様は、金谷でのそれとは異なっている。

君は倪雲林に次ぐものなので、当代の風流の主と名付けよう。

名画と古の法書は、この納涼の集まりの趣を減らしはしない。

それらを手にとって遊んで優雅な時を過ごし、階段の苔が蒸し暑いのは昼になろうとしているのだろう。



原文

森琴石讀畫廬茗讌賞薔薇

高垣(街名)、讀畫廬。薔薇種當戸。七十有二行仙機織鳳羽。

入夏轉(雨+隹隹)靡。當晝頗媚(女+無)。醉紅如索扶。濃(鹿の下躬)亦争吐。

紫燕差池飛。粉蝶留連舞。茗讌對芳叢。紅鑪碧煙擧。手開都統籠

廾四事有序。一甌啜(似)兩杯。異乎金谷煮。推君倪迂亜。命代風流主。

名畫古法書。不減清(門+必)聚。把玩延幽遐。砌苔蒸欲午。



翻刻文

高垣(街名)の読画廬、薔薇、種うること戸に當る。
七十有二行、仙機、鳳羽を織る。
夏に入りて(雨+隹隹)靡に轉じ、昼に當りて頗る媚_たり。
醉紅、索扶の如く、濃麝も亦た吐を争ふ。
紫燕、差池に飛び、粉蝶、留連に舞ふ。
茗讌、芳叢に對し、紅鑪、碧煙擧ぐ。
手づから都統籠を開き、廿四事、序有り。
一甌、兩杯をすすり、金谷に煮るに異なる。
君を倪迂の亜に推し、代へて風流の主に命ず。
名畫と古の法書は、清ひ(門+必)の聚を滅せず。
把りて玩びて幽遐を延べ、砌苔、蒸して午ならんと欲す。




「五千巻堂集 全十七巻(六冊)」=木蘇岐山著・石野徹註釈・小倉正恒校正兼出版・昭和8年刊

森琴石「六石山傍図」 詩賛 (明治44年/詩賛:木蘇岐山/於大阪花外楼)



●関連事項=「平成19年6月【1】注2
●明治44年1月25日、大阪の老舗料亭「花外楼」で開催された<讀杜會>で、森琴石が描いた「六石山傍図」に、「木蘇岐山」が寄せた詩賛。
●翻刻及び訳文=成澤勝嗣氏(小磯記念美術館学芸係長・平成13年11月作成)
●調査ご協力者=徳光清子氏(大阪花外楼 大女将)

木蘇岐山の詩賛

原文

磊々焉落々焉補天之餘片
耶抑出於太湖之淵
勧君千鍾之緑酒
酔中對山(草冠+遽)然醒

読み下し文

磊々たり落々たり補天の余片か
抑(そ)もそも太湖の淵に出ずる
君に勧む 千鍾の緑酒
酔中山に対せば遽然として醒む

明治龍集辛亥一月念五予讀杜會諸君聚
花外楼席間作遽作(草冠+遽)   岐山人

(賛の訳)

明治四十四年一月二十五日、讀杜會の諸君と共に
花外楼の席で即興に作詩した
間違って遽の字に草冠をつけてしまった (木蘇)岐山人

言葉の意味

磊々=多くの石が積み重なったさま
落々=ものがまばらでさびしいこと
鍾=酒壺
緑酒=緑色を含んだ良質の酒
遽=すみやかに

「六石山傍図」

画:森琴石/詩賛:木蘇岐山

六石山傍図

花外楼蔵

森琴石 「詩 三題」



●関連事項=「森琴石紹介-文献抜粋:浪華摘英
●「浪華摘英」(発行兼編纂 三島聴恵・大正4年)より
●下記「偶成」・「秋思」・「題古谷石」は、森琴石を紹介する画家人物伝に、よく掲載されている。
●翻刻文=大原俊二氏(米子市史編纂事務総括・米子市図書館協議委員・米子藤樹会理事)


偶 成
筆研生涯身更軽 終年揮灑不求名 寫花畫鳥閑中楽 自勝王侯冠榮
秋 思
微雨黄昏落葉落 空窗独座聴秋声 荒畦野渡人歸盡 白鷺猶留一點明
題古谷石
一片雲根好自崇 爽凉含気碧玲瓏 云從古谷山中至 (しゅつりつ)峰容不假工

翻刻文

偶 成

筆研の生涯 身は更に軽く
終年の揮灑(きさい) 名を求めず      ( 揮灑ー書画を描くこと)
花を寫し鳥を畫く閑中の楽しみ
自から王侯冠帶の榮に勝らん

秋 思

微雨 黄昏 落葉落ち
空窗(くうそう)に独座して 秋声を聴く   (空窗ー窓を開けた部屋)
荒畦 野渡 人歸り盡き
白鷺 猶も留まるごとく 一點の明

題古谷石(古谷石に題す)

一片の雲根 好(よ)く自ら崇(たか)く   (雲根-ここでは石)
爽凉の気を含む 碧玲瓏(へきれいろう)
云(くも)は古谷に從い 山中に至れば    (「云」は雲の古字)
(しゅつりつ)の峰容 工を假(か)りず )


しゅつりつ=しゅつ(山の下 卒)りつ(山の下 律)

「寿石奇千古図」画賛 (大正4年)


●関連事項=「平成17年6月■2番目 及び 注3
●「壽石奇千古図」所蔵及び画像ご提供者=佐藤史郎氏(琴石門下「佐藤僊友」孫)
●翻刻及び訳文=大原俊二氏(米子市史編纂事務総括・米子市図書館協議委員・米子藤樹会理事)



壽石奇千古:賛森琴石画賛

寿石奇千古

昔人評石之奇曰透曰漏。

吾以知畫石之訣亦畫此矣。

趙文敏嘗為飛白石、

又嘗為巻雲石、又為馬牙鈎石。

此三種足畫石之変。

孫漢陽推其意為冊。

若使米公見堪僕々下拝。

乙卯玄月上瀚寫於聴香讀畫廬南窓下 琴石□□


起看石頭月。臥聴簾外流。
身在塵海裏。意與米老遊
          森繁再題□□


寿石 千古に奇なり

昔人、 石の奇を評して、透(とう)と曰(い)い、漏(ろう)と曰う(註1)

吾 以て石を畫くの訣を知りて、亦 此を畫くなり。

趙文敏は嘗て飛白石を為(か)き、又 嘗て巻雲石を為く。

又 馬牙鈎石を為く。此の三種は石の変を畫くに足る。

孫漢陽は其の意を推して冊(註2)を為(つく)る。

若し米公(註3)をして見しむれば僕々として下拝するに堪えん。

 乙卯玄月上瀚 聴香讀畫廬の南窓下に於て寫す   琴石□□



起きては看る 石頭の月  臥しては聴く 簾外の流れ
        身は塵海の裏に在り    意(こころ)は米老と遊ぶ

                         森繁再題□□

註1 透漏(とうろう)=人目を愉しんで逃れる
註2 冊=本
註3 米公、米老=米ふつ(草冠+市)のこと

「題 琴石」紫水作 七言律詩



佐賀大学付属図書館 貴重書コレクション
二、市場直次郎コレクション 扇面ギャラリー  より

●関連事項=最新情報「平成16年8月第二項目
●作詩年月は不明
●画像ご提供者=佐賀大学附属図書館
●原文翻刻及び読みくだし文=大原俊二氏(米子市史編纂事務総括・米子市図書館協議委員・米子市山陰歴史館運営委員・米子藤樹会理事)


貴重書コレクション「扇面ギャラリー」

佐賀大学附属図書館  貴重書コレクション「扇面ギャラリー」
市場直次郎コレクション 調書番号 67


詩文

題琴石 (紫水作)

琴乎然琴全是石

形状類琴色青白

敲之鏗尓宛如定

其質温乎含麗澤

画山余力常摩○ (沙手)

珍玩重於連城璧

知君元愛琴中情

煩々何労絃上聲

  題琴石


呈画宗琴石雅兄  紫水□□



読み下し文

題琴石 (紫水作)

琴か(きん<注1>)然るに琴は全くの是れ石


形状は琴に類て(にて)色は青白


之を敲けば鏗爾(<注2>こうじ)として宛も定まるが如く


其の質 温かく 麗澤(れいたく)を含む


山を画く余力 常に摩沙手(<注3>まさ)


珍玩すること連城<注4>の璧(へき)よりも重し


知りぬ 君は元もと愛す琴中<注5>の情


煩々として何ぞ労せん 絃上<注6>の声を


   題琴石


  画宗琴石雅兄に呈す  紫水



注釈
<注1>七絃琴 <注2>金石の鳴る澄んだ音  <注3>手で撫で回す <注4>宝石・故事を略す
<注5>琴そのものの中にこもっている趣―琴中之趣
<注6>弦楽器のつるから出る声―弦上声

「紫水」については、人物の特定が出来ていませんが、「高橋紫水」の可能性があります。

高橋紫水=明治2年愛媛県新居郡生・小山正太郎、田村宗立に学び、京都府画学校の西洋画科を専攻し、旧制西條中学教諭となる。

七言律詩=漢詩の一体。七言八句から成る定型詩で、唐代に完成された。七言律、七律ともいう。


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