森琴石(もりきんせき)1843~1921

森琴石 関連資料

森琴石周辺の人物や事柄・資料などを紹介する項目です


資料紹介(日誌1日誌2書簡詩賛1詩賛2)|関連資料(一覧

な項

難波橋渡り初め(なにわばし わたりぞめ)

大正4年5月22日に行われた「難波橋渡り初め儀式」、翌日の新聞記事 より
(大正4年5月23日・朝日新聞朝刊第9面記事)

●関連事項=作品紹介「画稿:難波橋渡り初め図


●渡初の大賑ひ(わたりぞめ の だいにぎはひ)

【新橋の附近人に埋まる】
    難波橋渡初めの當日である二十二日、大吉日の午前十時四十分、ワーッと揚げる喚声が群集の間から起った。新しく出来上った橋を真中にして堂島川と土佐堀川とを隔てたお向ひに真黒に詰めかけた見物は生憎に暗澹たる其の日の空模様を眺めて何なるかと長い間立詰めてゐたであらう、夜の引き明けから賭け附けて半賃電車を幾分か見たといふ人があった、北濱と天満の両河岸の家といふ家、窓といふ窓には雙眼鏡を手にした見物がはち切れさうに覗いてゐた。まだまだ北河岸の大屋根には物干櫓に天幕張して赤毛布を垂らした
    ▲大袈裟な物見臺    が十幾つまで數へられた、その外南河岸のビアホールから新装両橋の橋詰、 中之島埋立て地の幾分まで凡そ喰み込み得る範囲内は人間で真黒である、その河岸から、窓から大屋から喚声が矢を射るやうに湧き起早朝から通行止めの奮難波橋の北詰と南詰から今日の渡り男、渡り女である加藤(北詰)竹原(南詰)両夫婦が祭壇へと歩を運び初めたのである。熨斗目の裃に打ち掛け姿の両夫婦、後からは小物とお女中が従う続いて羽織袴の一類縁者。まるでご家老、奥方が歌舞伎劇の花道がゝりをそのまゝの光景に急纂のやうな喝采幾度となく起った。其の内に厳かな
    ▲神式が始り  渡り男二人熨斗目の袴をポンと敲き、たばさんだ一刀をグイと直して玉串奉奠を済して元の座に引返して来ると引違へに渡り女二人が目も覚める禰襠姿に玉串目八分に捧げて祭壇前に敬しく伺候拍手の音優しく燃える如き鹿の子疋田の上着を見せて草履の足摺りスルスルと引返す。暫しの間徳川時代に帰ったやうな気持ちで鳴りを鎮めた。やがて先き払い大紋の金棒の音錆やかに響いて大魔神職散米。続いて右手に竹原夫婦左手に加藤夫婦と並んで新難波橋の上に其の時代めいた
    ▲姿を現した 後には紋附の小者と白元結の島田に黒襦子竪結びの帯びといった御殿女中そつくりなのが化粧袋を捧げて従う、群集が水を打ったように静まり返って見ているうちに北詰から南詰に 目出度く渡り了ったのは十二時 であった。待ち兼ねた群集が大波の如く新橋上に溢れて来る時分には余興場は最う湧き返るような華かさである祝賀會も済んで舞台上では堀江芸妓の勢獅子がはじまっている。ビールと酒嬌声と奏楽で陽気渦巻く中に竹原、加藤の両夫人は声を揃へて「昨夜一晩寝られませんでした。夜の明けるを待ち兼ねて斎戒沐浴、気分も落ち附きましたが、何さま勝手が違ひまして歩き悪うございましたこと」と話してゐる間もお目でたうおめでたうの祝辞が両夫婦の頭上に注がれた。余興の
    ▲最中から雨   が落ち出したが夜に入って追々繁くなり橋詰の街の兩側に美しく吊並べられた提燈の紅が散々に滲んだり各国国旗や紅白段々幕が水を含んでし悄れた様も惨めであったがそれでも仕掛花火の催しに誘ひ寄せられた群集は雨傘に明るい電燈の光を浴び乍ら歓声を挙げてとりゞりに美しい花火に見入ってゐた。

に項

日本南画協会 一宮支部(にほんなんがきょうかい いちのみやしぶ)

「一宮支部発会図録 全」 (明治34年10月20日の記録・非売品)より

●関連事項=作品紹介「平成17年5月 ■4番目注5
●明治34年10月20日、「日本南画協会 一宮支部」が発会された。発会式で催された展覧及び茶会、揮毫席・酒席などを記録したもの。奥附には一宮支部の役職者名が記されている。
●資料ご寄贈者=故森逸男氏(岐阜市・森泰石ご子孫)


「一宮支部発会図録 全」

(明治34年10月20日の記録・非売品)

  扉字=富岡鉄斎  題辞=望野億(香渓)

第一席
新書画展覧(於地蔵寺)

出展者氏名
岩田心斎・富岡鉄斎・池田桂仙・青根竹泉・長坂雲在(長阪雲在)・山本梅荘・
松本白草・山本石荘・兼本春篁・石尾松泉・内海吉堂・大雅堂定亮・
田近竹邨・前田荷香・間島竹荘・秦金石・河村虹外・望野香渓・
浅井柳塘・奥田天門・児玉果亭・田能村直入・中川柏陰・永井香圃・
関口老雲・松山鴨江・山本香雲・織田杏齋・仙田半江・津田洞庵・
田中雪華女・眞野香邨・脇田水石・村上華雲・森半逸・吉田桂舟・
辻東山・長江少岳・平野古桑・松井其楽・森松堂・河合梅渓・山田松香(松華)
森琴石門下
森半景・田川春壮・山名友石・森琴石・鎌田梅石・氈受楽斎・
近藤翠石 ・佐野琴岳(のち岱石)=「門人紹介 一覧」よりご覧ください

●上記画家の一部は略伝 に記載があります
庭園席
茗主=刈安賀、関戸氏
第二席
古書画展覧=森 林右衛門氏別荘

展覧者名
原田清六・鵜飼安太郎・船橋儀右衛門・大伴千秋・吉田七十郎・内田鍬太郎・天野佐兵衛・大久保恭・小川元治郎・熊谷鳩居堂・森林右衛門・山下隆・佐分慎一郎・森川九佐衛門・豊島半七・日比野芳太郎・速水鋭一・佐分熊次郎・山田松溪・土川覺太郎・神戸源助・野田喜兵衛・丸井義軌・國島武右衛門・山川保之助・木村甚九郎・豊島久七・渡邊市次郎・中野吉兵衛・白木評一・関戸藤右衛門
第三席
揮毫席
酒饌席=速水氏別邸
出席画家:京都=大雅堂定亮・望野香溪・秦金石・河邨虹外・中川伯陰・田近竹邨・奥田天門・山田松華)
第四席
煎茗席=山下氏邸宅

福席・次席(省略)
後跋文
大雅堂定亮

後跋文:大雅堂定亮

奥附
日本南画協会尾張国一宮支部役員
支部長=森 東一郎
幹事長=丸井義軌
幹事=土井覺太郎・森林右衛門・内田鍬太郎・神戸芳太郎
同兼司計=中村一太郎・豊島久七
商議員=関戸藤右衛門・速水鋭一・神戸源助・山下隆・村上敬一・原田清六・丸井静三郎
理事=小川元次郎・森吉兵衛



森東一郎=弘化4年12月2日尾州中島郡三輪村に生。家世々庄屋職で、氏も後を継ぐ。明治7戸長となり(五年間)、明治12年県会開設と同時に議員となり、正副議長などを歴任。明治17年、尾州特産の結城縞の改良及び販路拡張のため織物工場を創設、明治24年衆議院議員に当選する。
―「明治新立志編(篠田正作編・大阪鍾美堂・明治24年4月)―

森林右衛門=寛文2年(1662)、棉の売買などを創業、明治初期森林右衛門商店の名で全国に綿糸・綿織物を販売、同社は現在モリリン株式会社として今日まで至る。

森吉兵衛、森林右衛門、豊島半七=大正8年に設立した「蘇東電気鉄道(大正12年名古屋鉄道と合併)」の発起人。

◆大雅堂定亮=「平成18年3月【2】」(「断魚溪題詠集」、詠者の一人)

日本美術協会 大阪支会(にほんびじゅつきょうかい おおさかしかい)

●関連事項=「平成17年9月【2】」・関連資料:「千瓢賞餘(せんひょう しょうよ)」・「平成18年4月【2】■3番目&注3
●森琴石は、日本美術協会に所属し、同会の大阪支会では、絵画部門の技芸員に認定され、同部門の中心的な存在として活躍した。琴石門下では舩田舩岳が、同じく技芸員に認定されている。森琴石は大正2年、帝室技芸員にも認定されている。


◆下記(二)の「日本美術協会奨励会会員名簿」は、平成20年1月19日~3月10日、大阪市歴史博物館で開催された 「特別展 なにわ人物誌 没後100年 最後の粋人 -平瀬露香-」 展覧会図録より転載させて頂きました。
◆(一)(二)の”日本美術協会大阪支会規則概要”及び”日本美術協会 大阪支会奨励会の概要”は、同図録<出品資料解説>内、井上智勝氏による解説を抜粋引用させて頂きました。


(一)「日本美術協会 大阪支会」 について

「日本美術協会 大阪支会規則」より
規則概要=会の目的、会員の種別、入会手続き、役員、事業、集会、会計など33条にわたる規定があり、それには下記の事が記されている。
結成年月 =明治24年(1891)11月
事務所所在地  =大阪市東区大手通2丁目   ⇒ 明治31年<泉布観>に移転
支会長 =平瀬亀之輔(露香)


(ニ)「日本美術協会 大阪支会奨励会」 について

規則概要=優れた技術を持つ芸術家を育成・支援するために奨励会員を設けた。奨励会員は年会費を払う代わりに、会の技芸員に選定された芸術家をはじめ名工の作品を受け取ることができた。江戸時代旦那衆(だんなし)が担ってきた芸術家の育成・支援を組織的に行う試みであった。会員には”藤田伝三郎・住友吉右衛門ら名だたる富豪が名を連ねた。



奨励会 会員名簿 (179名)


日本美術協会大阪支会  会長 平瀬龜之輔

(い)
逸見佐兵衛 ・ 石崎喜兵衛 ・ 泉 清助 ・ 磯野良吉 ・ 池田六兵衛 ・ 五百井良平 ・ 伊藤徳三 ・井波新次郎 ・ 石西尚一 ・ 磯部甚吉 ・ 今西善蔵 ・ 乾 佐兵衛 ・ 井上団右衛門 ・巌 又兵衛 ・伊藤喜十郎 ・ 井上勝彦 ・ 井上浅次郎 ・ 岩崎清次郎 ・ 泉 由次郎
(は)
橋本寿一郎 ・ 長谷田平兵衛 ・ 早瀬太郎三郎 ・ 春元重助 ・ 橋本誠太郎 ・ 原 喜助
(に)
西村小兵衛 ・ 西尾三郎平 ・ 西阪熊太郎
(ほ)
穂積思海 ・ 星丘安信 ・ 徳岡理兵衛 ・ 土居通夫 ・ 鳥井駒吉
(と)
殿村ニツ ・ 戸田弥七 ・ 伴井喜右衛門 ・豊田善右衛門 ・ 岡橋治助 ・ 岡崎栄次郎 ・小野金兵衛
(を)
大浦弥兵衛 ・ 大藤高□ ・ 大西五一郎 ・ 大谷儀一郎 ・ 大島伊八 ・ 大矢奈良吉 ・ 奥野善之助 ・ 尾方善四郎 ・ 岡 敬安 ・ 岡本清兵衛 ・ 織田與一郎 ・ 岡本市治郎 ・ 太田挌之助 ・綿谷利平
(わ)
渡辺麻次郎 ・ 和井田佐七 ・ 和田茂三郎 ・ 河原信可 ・川上左一郎  
(か)
加納由兵衛 ・河瀬勘兵衛、忠兵衛
(よ)
吉岡利兵衛
(た)
高安道太郎 ・ 田村太兵衛 ・ 田中太七郎 ・ 玉手弘通 ・ 淡野権四郎 ・ 高橋謙三 ・ 田中清十郎 ・ 宅 徳平 ・ 高木喜一郎 ・ 多田□風 ・ 竹田與右衛門 ・ 田部 密 ・ 竹中 コマ ・ 谷口獣冶 ・ 丹野清蔵
(そ)
園田多祐 ・ 園田亀造 
(つ)
辻 忠右衛門 ・ 筑紫三次郎
(な)
永井仙助 ・ 内藤為三郎 ・ 中江市三郎 ・ 中野嘉七 ・ 中村惣兵衛 ・ 中野信十郎 ・長嶋重兵衛  ・中江新十郎 ・ 中道伊兵衛
(む)
村上嘉兵衛 ・ 村山龍平 ・ 宗像祐太郎
(う)
上野理一(「平成18年4月【2】■注4」・「平成18年5月【4】注3高野山霊宝館」) ・宇田川文海(関連資料:「大阪の書林(三)」・「門人:舩田舩岳(六)4」) ・ 宇野又兵衛
(く)
草間貞太郎 ・ 黒川幸七
(や)
矢嶋清七 ・ 山中□衛 ・ 山縣正雄 ・ 安井健治 ・山口源兵衛 ・ 安田源三朗 ・ 山添賢三 ・ 山中與七(作品紹介:その他「煎茶関係スケッチ -煎茶会席図(下図)」) ・ 矢田市兵衛
(ま)
松本重太郎 ・ 松下正太郎  ・ 前川□造 ・ 牧 常倫 ・ 松金仁兵衛 ・ 正永良熙 ・ 松本幹一
(ふ)
福島藤七 ・福島コマ ・藤井清兵衛 ・ 藤本荘太郎 ・ 藤田伝三郎 ・ 藤井卯兵衛 ・ 藤岡伊八 ・ 藤原熊太郎 ・ 藤田文助
(こ)
越野嘉助 ・ 小西和三郎 ・ 小山忠兵衛 ・ 鴻池新十郎 ・ 小梅佐七 ・ 肥塚與八郎 ・ 小山源治(「平成19年9月【1】■2番目」&「平成19年10月【1】■末尾」)
(え)
栄國伝兵衛 ・ 江原金兵衛 ・ 天野 皎
(あ)
青柳平次郎 ・ 秋月清十郎 ・ 有澤香庵・ 浅尾 昌
(さ)
佐野常樹 ・ 佐渡島伊兵衛 ・ 佐々木長左衛門 ・ 佐々木豊吉 ・ 阪田友七  ・清海□子
(き)
貴田孫次郎 ・木原忠兵衛 ・北垣清兵衛 ・ 紀伸楳三郎
(み)
宮崎伸巌 ・ 南 為太郎 ・ 三谷岩蔵 ・ 道元忠右衛門 ・ 宮崎鉄幹 ・ 水野八郎
(し)
芝川又平 ・ 白山善五郎 ・ 芝田大吉 ・ 進藤嘉一郎 ・ 柴山正憲 ・ 芝谷武次郎
(ひ)
樋口三郎兵衛(森琴石紹介:「森琴石とは 段落3番目」・「平成18年10月注4,5 浪華画学校」・「索引:天野皎」 ・ 廣岡久右衛門) ・ 平川 靖 ・ 樋口重兵衛 ・ 平瀬亀之輔(「関連資料:千瓢賞餘 大阪市●後ろから5番目」他)
(も)
森 久兵衛 ・ 森下荘三郎 ・ 森田□戒
(せ)
妹尾平三郎
(す)
住友吉左衛門


技芸員  ~いろは順~

絵画(23名)
渡辺祥益 ・ 川辺青蘭 ・ 吉益耳童 ・ 田口年信 ・ 中川盧月 ・ 中川魚梁
永松春洋 ・ 上田耕仲 ・ 内田呑洲 ・ 山田秋桂 ・ 矢野五洲 ・ 山内愚仙
政岡松濤 ・ 松原鶴里 ・ 深田直城 ・ 船田船岳 ・ 小山雲泉 ・ 斎藤松洲
御幡雪雲 ・ 姫島竹外 ・ 森 琴石 ・ 森 関山 ・ 守住周魚

(雅友知友;石橋雲来(三)2-友蘭詩第1集 大阪に名あり)
木石彫刻(6名)
田中圭水 ・ 中谷省古 ・ 亀山誠明 ・ 瀧澤友治 ・ 山本瑞雲 ・ 難  静山
金属彫刻(7名)
板尾薪次郎 ・ 池田隆雄 ・ 飯田仁三郎 ・ 西原猪太郎 ・ 吉田至永 ・ 益田友雄 ・ 月山彌五郎
陶磁器(4名)
伊藤一斎 ・ 小原雲心 ・ 藪 明山 ・ 吉向松月
漆器蒔絵(4名)
日本蒔絵会社 ・ 吉田一関 ・ 鳶田英輝 ・ 安原 清
鋳工 (4名)
今村久兵衛 ・ 市橋虎吉 ・ 長谷川光次郎 ・ 中村卯之助
造花(3名)
英  房信  ・ 吉増幾之助 ・ 熊井宗七
竹細工(2名)
早川尚古斎 ・ 和田市松


奨励会会員や技芸員(絵画)の一部の方は、当HPでも名前が出ています。当HP上方にある”Google 検索機能”にてご検索ください。


資料紹介(日誌1日誌2書簡詩賛1詩賛2)|関連資料(一覧

HOME
Copyright (c) 2003 morikinseki.com, all rights reserved.