森琴石(もりきんせき)1843~1921

森琴石 調査情報

平成10年10月~現在まで、森家での調査などをご紹介します

■調査情報 平成17年(9月)

【1】

7月末、平成15年3月に次ぎ神戸市の「堀浩雄氏 注1」 を訪問する。神戸の漢学者である堀氏の祖父「堀春潭 ほり しゅんたん 注2」ご所蔵の書誌類を拝見する。徳島藩士として蜂須賀家に仕えた堀家には、江戸末期から明治初期に刊行された希少な書誌類が多数存在し、徳島や淡路島ゆかりの書誌類も多い。響泉堂刻の上海でも販売された書誌も存在した。

小画帖には「王治本 注3」が揮毫を残しており、「春潭遺稿 注4」からは、「水越耕南」・「近藤南洲」と親交があり、「山本憲」・「木蘇岐山」らとも交流がある事が知れる。先月ご紹介の「大村楊城」と交流がある「磯野秋渚(惟秋・於兎介)」が初頭に題字を寄せ、同氏の詩文は随所に掲載されている 注5

堀春潭は、下記【2】項目でも名が出る「岡本斯文 おかもと しぶん 注6」と交流が深く、佐賀蓮池出身の「永田碧桐 ながた へきとう 注7」とも相当交流が深かったようだ。

 
 
注1・注2・注4
 

堀浩雄氏・堀春潭・「春潭遺稿」=「平成15年3月」・「平成17年7月」をご覧ください。
「堀春潭」「春潭遺稿」については、展示・掲載情報の「神戸華僑歴史博物館通 信 No.5」蒋海波氏文:近代日中文化交流の足跡を訪ねて――中国画家胡鉄梅と阪神間の文人 も、お読みください

 
注3
 

王 治本(おう じほん)=王黍園とも言う。関連資料「中野雪江」、関係人物紹介「片桐楠斎」に、片桐楠斎の交流清国人で記述あり。「森琴石と清国人との筆談」にも王治本の名が書かれているが、森家には同人の作品は現存しない。

 
注5
 

近藤南洲=雅友・知友「近藤南洲
山本憲=平成17年6月 ■第三番目 注6 末尾の方、山本憲 をご覧ください
木蘇岐山=平成17年7月■第二項目 注13の下 b
水越耕南(成章)、胡鉄梅=関連資料「翰墨因縁」・「平成17年7月■三番目

 
 

磯野秋渚(いその しゅうしょ)
名は惟秋。於兎介(おとすけ)とも号す。漢詩家・1862年伊賀上野の生まれ。藩儒町井台水に学び、16歳で大阪に移り代理教員を務める。和漢に通じ詩文・書に秀でた。独学で漢籍・国学を研究するが、生計を得るため明治29年より朝日新聞に入社、文芸面 記者として活躍する。「成春詩社」を設立、文人墨客と交流し大阪の漢詩壇の中枢に座り活躍する。昭和8年71歳没。(三善貞司著「大阪人物辞典」より)

 
注6
 

岡本斯文=号午橋、午橘と書かれている事もある。徳島の儒学者、教育者。無類の瓢箪愛好家。下記【2】 千瓢賞餘 にも名が出る。関係人物紹介「岡本斯文」をご覧下さい。

 
注7
 

永田碧桐=名暉明(てるあき)。蓮池藩士。碧桐または有終と号し、詩文に秀れた。慶応元年江戸に遊学、昌平坂学問所で2年間修行、帰国後藩校成章館の都講に就任した。幕末には政府と藩との間の取り成しを良くし、廃藩後は神崎郡郡長や県会議員となり、明治29年(1896)に佐賀市の初代市長,となる。「碧桐遺稿」の編纂者「永田益一」は、神戸市「第一神港商業学校」第二代校長を務めた。
永田碧桐=『三百藩家臣人名事典』(同事典編纂委員会編・新人物往来社・1989年)より

◆関係人物紹介「永田暉明」もご覧ください。

【2】

「日本美術協会」で活動した森琴石は、「日本美術協会大阪支部」では中心的な役割をした 注1

明治36年、「第五回内国勧業博覧会 注2」が大阪で開催された.。森琴石は美術展の審査委員を担った。周辺でも同博覧会にまつわるさまざまな行事が催された。

その一環として「日本美術協会大阪支会」では、大阪にゆかりの深い「豊臣秀吉」に因み「豊公遺品展」や、秀吉の馬印である「千成瓢箪の展示」が企画され、大阪造幣局の「泉布観  注3」が会場となった。

千成瓢箪の展示には、琴石の友人「藤澤南岳」や「山本憲」、画家仲間「長阪雲在」、琴石の煎茶スケッチに名が良く出る「山中精兵衛」・「村上一樹園」・「藤谷修竹堂」・「西尾五福堂」・「永藤朝翠堂」などの煎茶道具や盆栽関係者、大阪の経済人また趣味人として名高い「磯野橘斎」・「平瀬亀之助」・「藤田伝三郎」・「吉野五雲」など多数が出品した。書家「佐野五明渓」、書肆「鹿田静七」などお馴染みの面々が名を連ねている。地方の蒐集家も多数出品し、森琴石は瓢箪二点を寄せた。

瓢箪には銘文が刻まれており、森琴石周辺の文人によるものが多い。

上記の展覧の様子を記録した冊子「千瓢賞餘 」は、初頭の題字を「藤澤南岳」が書き、付録には「岡本午橋」・「山本憲」などが詩文を寄せている。下記に概容を記す 注4

 
 
注1
 

日本美術協会・同大阪支会については後月ご紹介する。

 
注2
 

第五回内国勧業博覧会
会場 : 第一会場=大阪市天王寺
    第二会場=堺大浜公園(水族館)
会期:明治36年3月1日~7月31日 / 入場者総数530万人

 
注3
 

泉布観(せんぷかん)=「舩田舩岳の日記」にリンク・記述があります。

 
注4
 

「千瓢賞餘 せんひょう しょうよ」
千瓢賞餘(千瓢会出品解説目録) より  抜粋紹介

題字:藤澤南岳
緒言:会長  男爵北畠治房

軸写真:男爵北畑治房筆・藤田東湖筆(三枝興三郎所蔵)

出品者

大阪府(人数が多いので伝歴などの不明者は省略する)
大阪市
●泉由次郎(北区川崎町) =大阪四区一郡連合会議員(明19)
●井上浅次郎(南区順慶町)= 「舞鶴市街地図」の著者兼発行者(大正11)
●磯野橘斎(東区大手町2)=大阪の名物 歯科医・島原生・東京から明24年大阪住
●稲葉先春園(東区平野町2)=茶舗
●西尾五福堂(東区伏見町)=煎茶道具商・森琴石煎茶スケッチに名あり
                   銘賣茶翁米  花月庵主田中毛孔手識
●河井治兵衛(北区河内町2)=銘二福人  揚城山人※題 (※大村楊城)
●嘉納尚典(北区地下町)=趣味人  銘半面 美人 竹雲
●金澤仁作(西区靭北通4)=衆議院議員(大正4)
●吉野五運(南区鰻谷中丿町)=薬種問屋・伊藤若沖を発掘した人物・銘書画合作(山陽先生他7名)他
●吉本彦太郎(北区曽根崎中)=「ケチモト」の異名を持つ、吉本土地建物社長吉本晴彦氏の祖父
●玉手弘通(西区靭中通)=豪商・堂島米穀取引所初代理事長など・銘入船式   香谷寫并識村田香谷)
●高崎親章(北区堂島浜通3)=大阪府知事・ 「懐徳堂」の発起人
●永藤朝翠堂(高麗橋三丁目)=骨董道具商・琴石煎茶スケッチに名がでる
●中村又之助(東区高麗橋)=歌舞伎役者・銘雪達磨
●長坂雲在(北区太融寺町)=画家・銘スキ子供     ◆関連資料「一致帖」に名
●村上一樹園(北区梅田町)=植木商・琴石の煎茶スケッチや「喜寿祝賀会茶会」展示に名が出る
●桑田墨荘(東区石町1=沢田吾一(大阪の医師)の知人・森下仁丹創業者「森下博」の若い頃職業を世話した
●山中精兵衛(東区高麗橋)=骨董道具商「春篁堂」経営・銘大氷、細永 など10点
  ◆山中一族の山中春篁堂については「平成12年12月」をご覧ください
●山本憲(東区京橋2)=儒学者・漢詩家「山本梅崖」の事
●藤田傳三郎(北区網島町)=大阪の豪商 ・銘 可酔 山陽外史   竹雲山堂識
●藤谷修竹堂(東区平野町2)道具商・銘好文  中井寫於洛東若王祠畔画禅堂 他
●藤澤南岳(東区淡路町1)=儒学者  →関係人物紹介「藤澤南岳
●杲田隋翁(北区堂島中2)=杲田(こうだ)と読む・琴石妻身内
※森家実曾祖母「ゑい」の身内、子息「美稲 *」は琴石の作品を盛んに斡旋 *「美稲」の妻は著名株式仲買人浜崎某の娘
●佐野五明渓、菊枝(北区小松原町)=書家・銘金鵄  伝来王義之愛品
●菊阿彌(北区堂島中町2)=銘葉衣  篠崎小竹先生遺愛品ニシテ其後忍頂寺梅谷※丿所持セシモノト云  忍頂寺梅谷=忍頂寺静村(森琴石師匠)→関係人物紹介「忍頂寺静村

●志貴小岳(北区今井町)=日本画家
●鹿田静七(東区安土町4)=発兌書肆・森琴石書誌出版にも多く係わる
●平瀬亀之助(東区北浜4)=豪商・号露香・京都嵯峨天竜寺で禅を学び、国学漢学にも秀で、後大阪博物場長に就任する・無銘(頼杏坪書付)・銘芭蕉所持四山 など

●日野九郎兵衛(東区淡路町2)=道修町「大阪製薬会社」創業時の役員(明30)
        中江式部大輔エ送リタル品ニシテ北野大茶湯ニ 出シタルモノト云
        銘瓢子之食籠  伝太閤秀吉公名護家在陣之節
●森琴石(北区高垣町)=無銘 2点
●世良田雨荘(北区若松町)=名信明・銘傳春・関係人物紹介「世良田信明」をご覧ください
●世良田信明(北区若松町)=上記「世良田雨荘」の事・銘金箔地指物 尾張国源朝臣長秋ト朱記アリ
●関新吾(北区若松町)=備中川辺出身・花房義質※関係人物・銘連理 西太后愛品
 花房義質=「平成16年7月■2番目」の「藤本鉄石先生薦場余録」記述項目に名あり

以下府県名・氏名・住所を列挙する

兵庫県

●生森荘太郎(神戸元町三丁目)●柴岡惟一(神戸市兵庫小川通 5丁目)●日外蔵(神戸市中山手通5丁目)●橋本治作(兵庫県武庫郡大庄村)●豊島竹松(兵庫県兵庫島上町)●神野不老(尼ケ崎)
●富永包方(兵庫県淡路国鮎原)=淡路島の志士に名あり ◆「平成15年11月注4
●西村六左衛門(兵庫県城崎町)=城之崎温泉老舗旅館「油筒屋」当主
●桂義性(兵庫県淡路先山千光寺)●栗飯原常世(明石郡明石町)●後藤常伴(明石郡明石町)●北垣傳右衛門(朝来郡玉 置村)●中川欽之介(揖保郡網干町)●菅原寅五郎(印南郡曽根村)
●米村文吉(多紀郡篠山町)=篠山軽便鉄道株式会社 専務取締役※・「森琴石翁遺墨帖」での所蔵者に名・森琴石喜寿祝賀記念品贈呈者に名あり
※「兵庫県官民肖像録、大正7年」に、「米村文吉君(多紀郡篠山町)」に掲載=神戸市文書館
銘山水・銘天然木瓢(寺西易堂・近藤南洲・五十川訊堂・藤澤南岳・谷鐵心・市村水香・江馬天江が銘文)

京都府
●大西善次郎(下京区古門前通大和小路)●笠井瓢鯰(上京区麩屋町御池上ル)

滋賀県
●井上義兵衛(甲賀郡三雲村)・吉田方水(長浜舟山町) 銘奇友 如意山人題(谷鉄心)
●中北宗四郎(野洲郡河西村)

奈良県
●堀ノ内高潔(奈良県生駒郡郡山町)●玉井久次郎(奈良市東向町)●中村雅眞(奈良市)
●村戸賢徳(生駒郡家片桐村)●箕波金波(奈良市桜井町)●杉村辰三(奈良県法隆寺)

和歌山県
●佐野武一郎(和歌山市東鍛冶屋町)●彦坂小七郎(和歌山市福町)

三重県
●渡邊保春(桑名町)=銘羅生門利休筆羅生門利休瓢箪花入●松平祐左衛門(桑名市)=銘鶴首 天江欽 ●松本金(桑名市)=銘福部炭取 松平越中守楽翁愛玩托一上人自画文晁遠船図

鳥取県
●金谷松蔵(東伯郡倉吉町)●武田要次郎(鳥取市二階町2)●正垣種太(東伯郡倉吉町)
●斎木太三郎(東伯郡倉吉村)

岡山県
●大橋平右衛門(備中倉敷)=倉敷市の豪商で江戸末期には町年寄を務める・娘慶は後の倉敷紡績創業者立石孫一郎と結婚し、その当時の立石は大橋敬之助の名である。大橋敬之助は倉敷で浅尾騒動を起した※。 ※大橋敬之助など=「平成16年7月 ■2番目 注2」の「本城梅屋」文中にあり。

広島県
●今川治助(広島県尾道町)

山口県
●中尾彌右衛門(玖珂郡由宇村)●日野収(山口県萩町)

愛媛県
●岡本松石(伊予西条町)●三村羅風(新居郡西条町)●日野玉 邨(西条町)●仲田傳之(長+公)=松山市府中町

香川県
入谷盛敏(仲多度郡垂水村)●長尾松太郎(高松市田町)

高知県
徳弘太_(高知市通町)

徳島県
柏木直平(阿波郡林村)=銘豊公 銘文:岡本午橋
三宅舞邨(美馬郡三島村)=三宅舞村(元達)とも書く・漢学者

愛知県
渡邊鐵三郎(愛知県祖父江町)・横井興兵衛(名古屋市呉服町4)

岐阜県
龍華空音(岐阜県美濃養老山)=著書「たすけ玉への断案」(法蔵館・明34)他●村上雄三(岐阜県美濃養老公園内)

長野県
井村萬之助(下伊那郡飯田町)=呉服商・飯田市美術博物館の井村コレクション由来の人物
太田虎三郎(長野県飯田町)●窪田次郎八(長野県下伊那郡飯田町)

神奈川県
田中友晴(都築郡中川村)=銘吸ふくべ

東京都
橋本要衛(東京都日本橋区葺屋町)●加藤為吉(浅草区西三筋町)●村田保(芝区高輪町)●廣島友三郎(本郷区元富士町)

長崎県
●岩永義郎(長崎県時津)●米倉漸二郎(佐世保元町)

大分県
●日名子太郎(別府町)=「別府―大阪」航路開設者・別 府町初代町長など

詩文付録

寄瓢先生傳 岡本午橋(関係人物紹介「岡本斯文」をご覧ください)
  畫瓢記
  七瓢詠 節三
  詠瓢
  小瓢歌 
  瓢銘  山田松堂(逍遥游吟社メンバー、山田迪 の事)
  岩崎秋冥
  瓢話 松村南洋
  フクベ説 山本梅崖
  瓢説 俳仙堂碌々
  酒瓢記 木村肅園
  千瓢会ニ寄スル 一溪山人
  寄瓢懐舊 北門重胤
  歌三 北垣傳右衛門
  瓢丿賛 木下長肅子筆 藤谷修竹堂蔵
  同   大網和尚筆 米村文吉蔵

奥附
明治三六年八月五日印刷 
同年八月十二日発行 定價金四拾銭
発行者 日本美術協会大阪支會
代表者兼印刷者  椋橋藤郎(大阪市東区南新町一丁目六十番屋敷)
印刷所 一萬堂(同所)



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