森琴石(もりきんせき)1843~1921
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森琴石 調査情報

平成10年10月~現在まで、森家での調査などをご紹介します

■調査情報 平成18年(8月)

【1】
■

古印材収集や鑑賞を趣味とされる、兵庫県西宮市の浅倉信哉氏より、当ホームページの[資料・書簡]で紹介しました「石癖 栗田先生」が、福岡の南画家「栗田石癖 くりた せきへき」であるとのご情報を頂く。「栗田 石癖」は福岡市の画家で、森琴石と交流のある「阿南竹陀」とは同門で、その号名が示すように石癖趣味があり、篆刻に非常に精通していたようだ。

 
 
注1
 

栗田石癖 (くりた せきへき)   

 

明治2年~昭和2年 守山湘帆※の門下(南画)

 

福岡市春吉下寺町で没。59歳。 

 

―「福岡県日本画古今画人名鑑」(野田正明編・古今画人名鑑刊行会・1987年)―より

 
 

※守山湘帆=略伝をご覧下さい。

 
◆

ご協力者=浅倉信哉氏(兵庫県西宮市・古印材蒐集家)

◆

栗田石癖の伝歴については、上記以上の情報は無い。

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森琴石の印は、森家には僅かしか現存しない。森琴石歿後、ヤス未亡人が身内や門下、親しい人達に形見分けしたようだ。森琴石歿2ヶ月後の、大正10年5月に、門弟「近藤翠石」が、森琴石の琴石の印譜集「森琴石先生印存」を作成している。→「平成16年10月■1番目」、「平成17年12月【1】■1番目」

   
【2】
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当ホームページ[作品:銅版画]にある、明治10年刊行、響泉堂刻「森琴石改正  大阪区分細見図 注1」の原図者は、「蔀屋仙蔵 しとみや せんぞう」で、大坂の絵師「蔀 関牛 しとみ かんぎゅう」の別称である 注2。「蔀関牛」の父は「日本山海名産図会」・「伊勢参宮名所図会」・「近江名所図会」などを著した「蔀 関月」である 注3。

■

「蔀 関牛」は、「備中国大絵図」や「蝦夷国地図」などの地図のほか、女子や幼童の教訓となる書物や、「往来物」など多数の著書がある 注4。

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森琴石改正「大阪区分細見図 全」は、明治期の大阪市の地図では利用度が高く、昭和52年、雑誌の附録として復刻されるなど広く知られた地図である 注5。

■

文政八年、「蔀関牛」が写図した「文政新改 攝州大阪全圖 注6」は、時代を超え刊行されている 注7。

 
 
注1
 

『改正 大阪區分細見圖 全』 奥附

明治九年十一月廾二日版権免許 
同  十年二月    出版
原圖者 大阪府平民 蔀屋仙蔵
改圖人 大阪府平民 森琴石
出版人 同府平民 大野木市兵衛
同 同府平民 前川善兵衛
同 同府平民 森本太助
同 同府平民 岡島真七

 

明治14年には増補版 「蔀屋仙蔵著 森琴石増補 改正 大阪區分細見圖 全」を刊行

 奥附部分

『改正 大阪區分細見圖 全』 奥附

(※画像はカラーコピー)

 
注2
 

「蔀 関牛」 の別称

 

●蔀屋 (しとみや) ●子偃 (しえん) ● 仙三 (せんぞう) ●徳風 (とくふう)  ●い楊斎 (いようさい) ● 蔀 徳風 (しとみ とくふう) ● 蔀屋 仙三(仙蔵)(しとみや せんぞう)   ● 関牛 (かんぎゅう) ●い楊斎 関牛 (いようさい かんぎゅう)  ● い楊斎 二世 (いようさい 2せい) *い楊斎:い=草冠+夷

   
 
注3
 

蔀 関月・蔀 関牛

 

関月は月岡雪鼎の門人なり、名は徳基、字は子温 い揚斎と號し、阮二と稱す、大阪の人、堂島二丁目に住せり、
初め雪鼎に學び、後和漢の畫法を研鑽し、最も山水及び人物に長ず、
叉雪舟を法とし、遂に一家をなす、筆致濃湿、遒勁風韻あり、叉詩書を能くす、法橋に敍せらる、
著す所の伊勢参宮名所圖會、及び山海名所圖會最も世に顕はる、
叉天満天神の繪馬及び篠塚伊賀守の國の如きは筆法蒼老、沈確、誠に絶作と稱せらる、
柴田義薫曰く、関月の山水人物頗る大家の度をみると其世に重んぜられしこと、略ほ推するに足れリ、
寛政九年(一に十年と云ふ)十月二十一日歳五十一(一に七十六)にて歿す、
其子関牛細字を能くし、門人に青井南卜、川上自若、鈴木霞洞、散橋清齋、金森教般、田上東亭の數人あり。

※ い揚斎 : い=(草冠+夷)

 

―「南画と書道」(八木奘三郎著・東京博文館・明治43年11月) より―

 
注4
 

蔀 関牛 の著書

 

「以呂波歌教鑑 いろはおしえかがみ」
「女諸通用文章」・「女諸礼綾錦」
「実語教童子教精注鈔 じつごきょうどうじきょうせいちゅうしょう」
「女訓浪華名所」
「庭訓往来」・「庭訓往来絵抄」・「庭訓往来具注鈔」
「日本往来」・「大坂往来」
「摂州住吉宮地図」・「備中国大絵図」
「文章大全」
「幼学以呂波歌教鑑 おしえかがみ」 ・・・・その他多数。出版年号、出版元などは省略する。

*「蔀 関牛」の書誌類については、「国立国会図書館、デジタルアーカイブ統合検索」などで、ご検索ください。「摂州大阪全図」については「webcut plus」で、検索出来ます。

 

*「平成18年6月【1】」で記述した「小野桜山が収集した、大分県中津市の「耶馬溪文庫」には、蔀関牛著「庭訓往来具」(天保5)・「諸通文鑑」(嘉永7)が所蔵されている。

 

「往来物」とは

 

平安末期から明治初期まで広く行われた、庶民教育の初等教科書の総称。初めは書簡文の模範文例集であったが、江戸時代には歴史・地理など、日常生活に必要な知識を教えるものとなった。「明衡往来」「尺素(せきそ)往来」「庭訓(ていきん)往来」など。

 
注5
 

「太陽コレクション・地図 江戸 明治 現代・京都 大阪 山陽道 1977 夏季号」
(平凡社・昭和52年)=特別附録3枚組の内、<明治‐大阪地図>が、森琴石改図のもの。

 

※附録の地図は、森琴石の原本の鮮やかな色彩とは大きく異なる。

 
注6
 

「文政新改 攝州大阪全圖」

文政八年辛巳五月官許
同 八年乙酉九月発兌
浪華書林 播磨屋九兵衛梓(高麗橋壹丁目)

浪華 蔀関牛寫圖
仝 赤松善應校正
繪圖師 : 大岡藤二方省
浪華 :
川瀬五一郎
-大阪府立中之島図書館蔵-
 
注7
  天保8年版:「天保新改 攝洲大阪全圖」=蔀関牛写図、赤松善應校正、樋口興兵衛鐫、大岡藤二方省、播磨屋九兵衛
  弘化4年版:「弘化新改 攝洲大阪全圖」=蔀関牛寫図、赤松善應校正、浪花積典堂、発売:播磨屋九兵衛・河内屋政七・伊丹屋善兵衛
   
【3】
■

森琴石が手がけた書誌には、大阪の浮世絵師「初代 長谷川貞信 a」や、江戸後期の書家・篆刻家「森川竹窓」の子孫で、森川印刷の創業者「森川桑三郎  b」との関わりが見られ 注1、森家の控え帖には「若林長栄」・「三宅善助」の名が残されている 注2。石版印刷の技法を開発し、「東陽堂」を創業した「吾妻健三郎」は、森琴石との交流が見られ、同氏が力を注いだ「絵画叢誌」には森琴石の記事が度々掲載された。注3

■

森琴石と若林長栄とは深い関わりがあり、若林長栄が銅版製作所を創業する際、森琴石が多額の資金を援助したとも伝えられている。

 
 
注1
 

●若林長栄・三宅善助が係った書誌

「開化夜話」

輯者并画=若林長栄
奥付=府下書肆:京町堀北通三丁目 松田正助/堂島北町 田原新助/常安橋筋京町堀北通三丁目 三宅善助/三休橋筋備後町 広瀬藤助/心斎橋筋安土町 北尾禹三郎・明治7年8月発兌(国文学研究資料館、データベース参照)

 
注2
 

●森家に残る 若林長栄、三宅善助 の名

若林長栄:東久太郎町
三宅善助:北久太郎町三休橋筋北へ入東側
(控え帖には、頁が別で名前が記されている)


  ●長谷川貞信 a・森川桑三郎 b が係った書誌
  [a]:長谷川貞信=「達爾頓氏 生理書図 10冊」
 

(達爾頓著・物部誠一郎訳・大阪文海堂・明治11年刊)
10冊目図版=響泉堂&水口龍之介との銅鐫共刻・・原本摸図長谷川(貞)信翁

 

「達爾頓氏 生理書図」 奥附

「達爾頓氏 生理書図」 奥附

※本来奥附は2頁にまたがっているため、1枚にした。
左下方に小さく「大阪響泉堂銅刻」とあり。訳字書者「川上泊堂」は森琴石の友人。

[b]:森川桑三郎=「詩家必携 新撰漢語伊呂波韻大全 三田村敬徳著編纂」(青木恒三郎、森川桑三郎印刷・明治25年)頁初頭に「栞石刻」とあり。

▲森琴石が係った森川桑三郎(初代)は竹窓の玄孫(ひ孫の子)で、森川印刷所を営む。その子二代目森川桑三郎氏経営の大正年間は石版印刷で一躍名を上げた※。藤井改進堂より移籍した「伴 定爾 ばん ていじ」技師長指導の元、数々の石版印刷の名作を残し、日本の製版印刷界をリードした。伴 定爾氏の門下からは、昭和期に「印刷界の鬼才」と称された野村廣太郎(野村広太郎)=森 隆太妻 満代の父・・・などを輩出した。
※ ―「森川竹窓雑記 (上)」(多治比郁夫氏論文=<すみのえ 通巻221号・平成8年夏期号>)による―
▲伴 定爾氏は、国学者「伴 信友」の孫に当たり、少時より若林(長栄)に学んだと印刷専門誌に記述されている※。
※伴定爾氏死亡直後に刊行された「印刷美術年鑑 昭和8年版(大阪出版社)」内、業界の物故諸氏(自昭和7年4月1日至昭和8年3月末日氏名)-伴定爾氏(3月10日、享年59歳)物故記事 による-

◆

若林長栄については目下調査中ですが、後月「雅友・知友」でご紹介します。

 
注3
 

*「絵画叢誌」での森琴石掲載記事については後月「資料編」でご紹介します。
*東京都立中央図書館には「森琴石→吾妻健三郎宛 書簡(一枚)」が収蔵されている=成澤勝嗣氏(神戸市、小磯良平美術館学芸係長)より、平成11年ご提供頂きました。

   

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