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注1 |
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新島襄遺品庫資料:「全面公開・上16、遺品G地図」にあります。 |
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注2 |
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福井県全図=岩佐静夫著・酒井安兵衛出版・明治15年(1882)・響泉堂銅刻 |
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福井縣全図 |
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識 |
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明治八年余敦賀縣奉職中 |
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若越両國地図圖調整ノ |
命ヲ奉シ乃チ各郡ノ山 |
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川ヲ(足+夬)渉シ足踏法ヲ以 |
テ一地圖ヲ製ス而メ今 |
→ |
其圖ニ地租改正實測ノ |
圖ヲ抜萃シ十二萬分ノ |
→ |
一ニ縮製シ旦市街ノ地 |
ハ凡三萬分ノ一ニ縮メ |
→ |
以テ福井縣管轄便覧全 |
地圖ト為スト云フ |
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(※原文は縦書き11行) |
明治十五年四月 岩佐静夫識 |
奥附 |
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明治十五年四月十三日 版権免許 |
明治十五年八月五日 刻成発兌 |
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編輯人 福井縣士族 岩佐静夫 |
(越前國足羽郡福井清川上町百十九番地) |
出版人 同縣平民 酒井安兵衛 |
(同國 同郡 佐久良中町百八番地) |
枠外 大阪高麗橋栴檀木 響泉堂刻 |
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データご提供=岐阜県図書館世界分布図センター |
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注3 |
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若越両国全図=岩佐静夫編・酒井安兵衛出版・響泉堂銅刻・明治16年
若越とは、若狭国と越前国(福井県)の事をいう。 |
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若越両国全図 |
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識 |
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明治八年余敦賀縣奉職中若越両國地図圖調整ノ命ヲ |
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奉ジ乃チ各郡ヲ(足+夬)渉シ足踏法ヲ以一地圖ヲ製ス |
而シテ今其圖二地租改正實測ノ圖ヲ抜萃シ二十四 |
万分ノ一ニ縮製シ旦市街ノ地ハ凡四万五千分ノ一 |
ニ縮メ以テ若狭越前両國便覧ノ地圖ト為スト云フ |
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明治十六年五月 岩佐静夫識 |
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奥附 |
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明治十六年八月 刻成発兌 |
編輯人 福井縣士族 岩佐静夫 |
(越前國足羽郡福井清川上町百十九番地) |
出版人 同縣平民 酒井安兵衛 |
(同國 同郡 佐久良中町百八番地) |
枠外 大阪高麗橋栴檀木 響泉堂刻 |
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データご提供=岐阜県図書館世界分布図センター |
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◆ |
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福井市で「岩佐静夫」、「酒井安兵衛」について、当時の在籍を示す資料は、同地区での 度重なる災禍の為不明との事。 |
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注4 |
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多治見と森琴石との関係は、「平成14年9月」「平成15年8月 第一項目」 をご覧ください |
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注5 |
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日本南画協会一宮支部開設=「一宮支部発会図録全」による。 |
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「一宮支部発会図録 全」 ―明治34年10月20日の記録―
扉字:富岡鉄斎 題辞:望野億(香渓)
第一席 |
新書画展覧(地蔵寺)
展覧者名: 岩田心斎・富岡鉄斎・池田桂仙・青根竹泉・長坂雲在・山本梅荘・松本白草・山本石荘・兼本春篁・石尾松泉・内海吉堂・大雅堂定亮・田近竹邨・前田荷香・間島竹荘・秦金石・河村虹外・望野香渓・浅井柳塘・奥田天門・児玉果亭・田能村直入・中川柏陰・永井香圃・関口老雲・松山鴨江・山本香雲・織田杏齋・仙田半江・津田洞庵・田中雪華女・真野香邨・脇田水石・村上華雲・森半逸・吉田桂舟・辻東山・長江少岳・平野古桑・松井其楽・森松堂・河合梅渓・山田松香 |
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琴石門下
森半景・田川春壮・山名友石・森琴石・鎌田梅石・氈受楽斉・近藤翠石 ・佐野琴岳(のち佐野岱石に) |
庭園席 |
茗主(刈安賀 関戸氏) |
第二席 |
古書画展覧(森 林右衛門氏別荘・展覧者名省略) |
第三席 |
揮毫席 酒饌席(速水氏別邸・出席画家:京都8名のみ記載) |
第四席 |
煎茗席(山下氏邸宅) |
後跋 |
大雅堂定亮 |
奥附 |
日本南画協会尾張国一宮支部役員 |
支部長 |
森 東一郎 |
幹事長 |
丸井義軌 |
幹事 |
土井覺太郎・森林右衛門・内田鍬太郎・神戸芳太郎 |
同兼司計 |
中村一太郎・豊島久七 |
商議員 |
関戸藤右衛門・速水鋭一・神戸源助・山下隆・村上敬一・原田清六・丸井静三郎 |
理事 |
小川元次郎・森吉兵衛 |
以上 (非売品・森逸男氏よりご寄贈) |
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■● |
「森泰石・森半景」については、門人紹介「中部・北陸地区」をご覧ください。 |
■● |
森泰石と森半景(半溪)はいとこ同士。半景の兄は「森半逸 a」。三者は、尾張国葉 栗郡島村(現一ノ宮市)の生まれ。これら森家は尾張国戦国武将兼松家 b に仕えた家 臣団の一員。その兼松家に従い、越前福井から葉栗郡に移住したと伝えられている。 |
■a |
森半逸:南画家・村瀬秋水、前田暢堂に師事。後年「森泰石」の後継者となり、森泰 石に嫡子が無かったことから、半逸の長男「森茂三郎」氏が森泰石の養子となった。 |
■b |
兼松家は越前国北庄兼松村(足羽郡※あすわぐん・現福井市)の出身とされ、備前 守 びぜんのかみ 正利・正徳・秀■・正吉と受け継がれ、尾張国葉栗郡島村に移住 した。 |
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●a・b ご提供者=故森逸男氏※(2004年12月ご逝去)
※森逸男氏は森茂三郎氏の長男で(森半逸の実孫)、森泰石の森家を継いだ。
*2003年8月森逸男氏を訪問 |
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注7 |
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森姓と中部地方に関しては、「平成16年2月 注1」をご覧ください。 |
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注8 |
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「第三回 日本中央南宋画会」=「姿態横生」(日本中央南宗画会発行・明治44年) |
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「姿態横生」 (第三回 日本中央南宗画会 展覧図録)
題字 |
細川十洲 序分:錦山矢土暢之(古今堂澹園) |
出展者 |
150名(省略) |
琴石門下 |
石野香南 注11・西尾雪江・鎌田梅石・吉村清琴・近藤翠石・佐野琴岳(佐野岱石)・森琴石・森半景 |
理事 |
宮崎厳々・大隈天山 |
奥附 |
明治四十四年七月廾五日発行 |
著作者兼発行者 |
名古屋市東区西新町一丁目十五番地日本中央南宗画会 |
書記原筆印刷者 |
名古屋市東区京町通一丁目五番地 山田十造 |
発行所 |
名古屋市東区西新町一丁目十五番地 日本中央南宗画会 |
非買品 (栃木県真岡市「渡辺私塾」渡辺淑寛氏ご寄贈) |
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注9・注10・注11 |
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西尾雪江(にしお せっこう)
明治二十一年六月生。名は寛、字は子簡雪江と号す。河内牧野に生る。 明治三十五年波多野花涯女史に就き南宋画を学ぶ。同三十七年森琴石 の門に入り、爾来研鑽怠らず、東京美術協会、展覧会その他諸会へ出 品受賞せしこと数回。 住所、大阪府北河内郡牧野村大字小倉(「姿態横生」)
吉村清琴(よしむら せいきん)
名―すみ。明治廾年五月生大阪に生る。幼より画を好み十歳より藤田 台石に就き画を学ぶ。後、森琴石の門に入り、益々画法を研究す。曽て 諸会へ出品し、賞を受けしこと数十回。 住所、大阪市長堀南通4丁目(「姿態横生」)
石野香南(いしの こうなん) 名は徹、字は子徹、香南は其の號、明治六年一月金澤に生る。初め画を青山観水に学び、後垣内雲りん(山へん+米のした舛)の門に入る。傍ら木蘇岐山に就て詩を学ぶ。後東京に遊学すること十許年。明治四二年居を大阪に移し、更に画法を森琴石に質す。住所、兵庫県下西ノ宮如意寺内(「姿態横生」)
※「西尾雪江・吉村清琴・石野香南」は、後月門人紹介「近畿地区」に移行します。 |
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