森琴石(もりきんせき)1843~1921

森琴石 調査情報

平成10年10月~現在まで、森家での調査などをご紹介します

■調査情報 平成22年(3月)

  今月の話題

【1】森琴石旧蔵品
1: 森琴石小画帖より ・・・・・「金寿門」の名があるもの
金寿門(金冬心・金農)=揚州八怪の一人
2: 瞿応紹(瞿子冶)の作品・・・・茶壷(竹図)& 掛け軸(竹、竹石図)


【1】

先月は、森琴石が写しとった「李復堂画花卉冊」をご紹介しました。李復堂は、清朝乾隆期頃に活躍した文人画家で、揚州八怪の一人として、当時の中国画壇や後輩たちに多大な影響を与えた。森琴石秘蔵の小画帖の最初の画は、この揚州八怪の文人画家の一人「金寿門(金冬心)」の画風に擬して描いている。小画帖については「平成15年12月」や「平成20年2月【2】注4,5」等でご紹介しました。


森琴石秘蔵の小画帖は、全44面に画が描かれており、前半の22面は、胡公寿・斉白石・張子祥・倪旭華・楊伯潤・柳華廬逸史などの、中国文人の名もあり、それらには「寫於濾濱」や「作於申浦客次」と記されている。これら地名は現在の「上海」の事を指す。つまり上海に滞在し、上海で描いた・・・という事である。書画に押された印は、「栞石」「響泉」など、全て森琴石のもの。記された年号はいずれも”戊寅(明治11年)”及び”光緒4年(明治11年)」である。後半22面分は、さまざまな形の「石(雲根)図」を森琴石が描いている。「平成20年2月【2】注4,5」でご紹介したように、画帖の表紙裏の隠れた紙面には、当時森琴石が親交した文人の氏名と住所が書かれている。


画帖前半分の、中国文人の名がある画の賛・落款は、文字が消えていたり崩し字であるなど、研究者にても読解が困難との事で、これまでなかなか解明が進まなかった。

この度、ご協力者により、画帖の最初に描かれた、「冬心」及び「金寿門」の名がある2面分を読み解いて頂きました 注1。それによりますと、第一図の、急須の画の横には、「(森琴石が)自ら水を汲み、春摘みの香り高い茶葉を、中国江蘇省、宜興製の茶壷(急須)で煮た。金冬心先生の画風で描いた。」と書かれている。


「金冬心」とは、浙江省杭州の仁和の人で、字は寿門の他司農、吉金がある。号は冬心の他、曲江外史、昔邪居士などがある。金石を好み、詩・書(楷書、隷書)・画・印ともに善くし、画では竹、梅、花果、馬などを得意とした。

森琴石はこの金寿門をも相当敬愛したと見られる。森琴石旧蔵品中、森琴石が遺愛した急須類 注2 の中には画帖の図に似たものがある。急須の図に添えた文字「中国江蘇省、宜興製の茶壷(急須)」が残されている。宜興製の急須には「子冶(しや)製」との刻銘がある 注3。これら急須は「茶壷」と書き「チャフー」と読む。


常滑焼で知れる常滑では、宜興と同じような原料(朱泥)があり、明治11年「鯉江方寿」らが、宜興窯の茶器に明るい清朝の文人「金士恒」を招き、宜興窯茶器の製法「パンパン製法」と呼ばれる”木板での叩き締めの技法”を常滑に伝えた。

「金士恒」は「瞿子冶(瞿応紹)」の弟子である。森琴石旧蔵の急須類の中には、パンパン製法の急須類が残されている 注4

森琴石も蘭や竹・石(雲根)を好んで描いた。森琴石旧蔵「子冶製茶壷」には竹の図が刻されている。森琴石旧蔵品の中には子冶作 「竹・竹石図」がある。


 

注1

「森琴石 小画帖」・・・・第1、第2図



読解ご協力者=小林昭夫氏・・・松戸市・(財)無窮会・東洋文化研究所研究員・WEBサイト「らんだむ書籍館」主宰



<左側の図>

鳥語花香 
倣金壽門写意

訓み
鳥語花香 金寿門の写意に倣(なら)ふ。

言葉の意味
「鳥語花香」=鳥のさえずり・花の香り
 …春の情景を表す…

<右側の図>

自汲寒泉煮春茗白磁杯子紫沙壺 
擬冬心先生畫意

訓み
自(みずか)ら寒泉を汲み 春茗を煮る、
白磁の杯子 紫沙の壷。冬心先生の畫意に擬す。

言葉の意味
「春茗」=春摘んだ葉で製した茶のこと
「紫沙壺」=中国(江蘇省)・宜興の名産の壷(急須)。

<壷(急須)に書かれた語>
枕石待雲起=石に枕し、雲の起るを待つ。

解釈
山中逍遥の寸景 或いは 何か寓意を込めたとも、解釈できる。




補足説明
紫沙壺(しさこ)=茶壷の代表的な産地は、中国江蘇省宜興(ぎこう)で、ここで作られる茶壷は、その土の素材から紫砂壺(しさこ)とよばれ、昔から珍重されてきた。宜興の紫砂壷の発祥は明代。



注2

森琴石旧蔵品・・・・・急須類




★ 1列目左端=子冶製
★ 2列目 左から2番目、3番目、後列の3つの急須(全5個)が パンパン製法といわれるもの
★ 前列右端は、森琴石が常用していたと見られ、裏や側面が煤けている
★ 他の急須類の解明は出来ていない


森琴石旧蔵・・・・・瞿子冶の茶壷&パンパン製法の茶壷

急須類の鑑定=中野晴久氏(常滑市民族資料館主幹・常滑ラボ主宰・平成14年11月に鑑定して頂きました。)
急須及び画の文字読解と解説=小林昭夫氏(注1に同じ)



注3

ク  シヤ(ク オウショウ)

瞿 子冶(瞿 応紹)製 茶壷




茶壷の解説
江蘇省宜興で作られた紫砂茶壷(チャフー)で、子冶が好みの形を陶工(恵 孟臣)に造らせ、そこに飾り(竹)を施したもの。

春風弌掬 (弌掬 = 一掬)

解説:この急須でお茶をいただくと(一掬すると)、春の雰囲気を味わうことができる



茶壷の裏底




月明林下美人來  孟臣製

解説:月明の林下 美人来(きた)る。  ⇒明・高啓の詩の一節と思われる

孟臣=明朝時代の名工恵孟臣の事。後世の人々は名茶壷を孟臣と形容した


パンパン製法の急須



茶壷の解説
蓋の裏を見ると、この急須はロクロを用いず、板状の粘土を用いて造っている。この技法は、常滑で「パンパン製法」と呼ぶもので、中国宜興窯の技法である。しかし宜興製にしては粗雑すぎるようだ。日本でこの技法が伝わったのは常滑だけである。
具輪玉(ぐりんだま)と称する粗製の小型急須を、幕末明治期の日本では以上に高く評価されている。具輪玉については壷迷さんのHPにあるようによくわかっていないが、きわめて日本人好みの粗製の茶壷である。画像のチャフーは、注ぎ口や全体のバランスが具輪玉とは異なるようだが、やはりその仲間になるだろう。これは素焼きではなく立派な炻器(せっき)である。
注釈
具輪玉(グリンダマ)=全体的に丸いものに口と手がついたもの
炻器(セッキ)=陶器と磁器の中間のやきもの。気孔性のない点で陶器と区別され、不透明の点で磁器と区別される。





瞿 子冶「竹図・竹石図」・・・・・各20.5cm x 16.8cm



金冬心先生有此

 金冬心先生に此れ有り。

解説

竹のことを雅語で「此君」ということに関係

「此君」の語は、晋の王徽之(書聖・王羲之の子)が竹を愛し、「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と言ったという故事に基づく。

ここでは、金冬心も竹を愛していて、その居宅にはやはり竹があった、ということを表わしている。


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石敢當 梅石書