森琴石(もりきんせき)1843~1921

森琴石 調査情報

平成10年10月~現在まで、森家での調査などをご紹介します

■調査情報 平成11年

平成11年10月

森琴石の長女昇(しょう)の孫、東京都の飯田知子宅を訪問。母「加津」の形見である、幾つかの大きな束の森琴石の下絵類などを拝見する。昇の二女「加津」は祖父森琴石と同居し、琴石に画を習い「琴思」の号を授かっていた。下絵類は結婚後の独習にと、大正13年婚姻時の道具類に入れていたものである。

平成11年8月

京都市左京区の美術商「思文閣 しぶんかく」を訪問する。PCにデータ化されている、同店で売買された森琴石の作品類を、約30点検索頂いた。短冊や扇面・画帖・色紙額などの小品に始まり、「寄合書画帖」、「貼合屏風」、「姫島竹外・村田香谷・森琴石」の三副対、文人が良く描く「立雛図」・「四君子之図」・「樵夫囲碁図」・「蘭亭図」・「十六羅漢図」などがあり、明治42年日英博覧会に出品し好評を博した「青緑 松渓幽穏図 注1」は300万円で売買されていた。

松溪幽隠図(しょうけいゆういんず)=同名作品は、複数描かれている。

大阪市北区の郷土史研究家浜田容子氏、大阪市立城東図書館長の久賀田明美氏が、森琴石の国立国会図書館やNACSISでの書誌検索、複写資料などを携えて自宅を訪問下さる。

当時国立国会図書館所蔵の図書検索、明治期刊行図書検索や複写などは、図書館に依頼する必要があった。

平成11年6月

大阪府池田市の逸翁美術館には森琴石の扇面「山水図」が所蔵されている。三井銀行に勤務していた森琴石の長男「森雄二(雄次、雄治も使用)」は、逸翁こと小林一三氏(三井銀行勤務を経て、阪急電鉄の前身である箕面有馬軌道や宝塚歌劇団、動物園の創設等をする)とは知己の間柄だった。

森雄二は明治13年、8才より三井銀行に勤仕、19年から正社員となる。雄二は小林一三から箕面有馬軌道の経営参加を強く勧められた。勤務を通じて著名な経済関係者との付き合いも多く、渡米視察に随行している。森琴石は箕面街道の地形メモや、箕面がテーマの下絵やスケッチを残している。

池田市には明治30年の門弟名簿に「執行宗雄 じこうむねお・大阪府豊能郡池田村」がある。

平成11年5月

関西大学図書館には森琴石の書誌類や、「森琴石翁遺墨帖 乾坤」「松菊図」「瀑布図」など10数点が収蔵されている。同図書館には「泊園文庫」と称し、森琴石とは親密交流した藤澤南岳の父「藤澤東畡」が大坂で始めた学問所「泊園書院」関係の資料が多数保管されている。

泊園書院は「懐徳堂」「適塾」と並ぶ大阪の私塾。泊園文庫は東畡のひ孫、作家藤沢恒夫氏(藤澤黄坡の子息)の寄贈によるもの。



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